VRが私に与えた影響

端的に言うと私から諦めるという選択肢を奪った。


最初から自分語りをするのだけれど(まぁ、タイトルからして自分語りなので許して)、私は基本的に失敗した時の原因を外部つまり環境のせいにすることが多い。環境のせいにしたところで意味はなくて、実際のところだいたい自分が悪い。

というのをわかっているのでとりあえず、多くの場合環境を整えることから始めることにしている。

たとえば絵がうまくなりたいのでペンタブを買ったり。
たとえばゲームで勝ちたいのでゲーミングキーボードを買ったり。

とかとか。

だいたい意味がなくてそんなに効果はないのだけれど、自分に対する言い訳を消すという点では効果は抜群だ。そのおかげか最近は環境のせいにすることが少なくなってきたように思う。

でも、結局のところ根本的なところで環境のせいにしていたのだと思う。

現実、という環境のせいに無意識にしていた部分があったのだと思う。
それがVRというものによって壊されたのだ。

VRは現実を突破する。

初めてVRを体験した時にそれを直感した。VRは現実を塗り替える。
私がVRを体験したのは去年の年末でとても遅かった。けれど、体験したその日のうちにViveを買った。
もともと買おうか悩んでいた状態ではあったけれど、体験した瞬間に買わない、という選択肢が消えていた。

VRはありとあらゆる可能性を実現しうる。
VRエンジニアが仮想空間創造師みたいな名前で取り上げられたことがあったと思う。まさにその通りだとおもう。VR空間はプログラムで創造することができる。

その世界にはどんな制約すら存在しない。
ただ、今はまだほんの少し制約があって、例えば触覚とか。ただ、そういう制約も取り払われつつある。
ReadyPlayerOneの世界は近い。
あの作品の年代は2045年だったけれど、私の感覚ではあと10年もすればあの世界と同じ体験ができるようになるのでは、と思っている。下手したら5年とかでも追いつくのかもしれない。
あるいは単に私が夢を見すぎているか。

さて。
プログラムはそこそこお遊びとは言えやっていてそれで世界を作れる。
もはや私には言い訳の余地も逃げ道もなくなってしまった。
このさきには私の理想が存在できる。

そこから私は多分、取り憑かれてしまったのだろう。

まずはモデリングをした。8月末で一旦やめたけれど、それまでは毎日やっていた。8ヶ月程毎日。そうとう厳密な意味で毎日。
ちなみにモデルも私の理想にはまだ到達していないのでまた再開する。

9月になってからはUnityの勉強を始めた。

なんというかVRに出会ってから何も作らない日があることに焦燥感を抱くようになってしまった。
これまではそんなことなかったのに、今ではなにかを作っていないと死んでしまうような感覚さえある。

今仕事をしているのだって私が理想に到達するまでの時間を稼いでいるだけ、という感覚がある。とりあえずお金がないと生きれないから。


私は理想に到達できるのかわからない。
多分死ぬまで到達できないのだろう。でも、死ぬまで理想を目指して歩き続けることをもう決めている。きっと一万の夜を超えた先で理想が到達できると信じて。
理想に辿り着くか、先に息絶えるか。そのどちらかしかない。


VRは私に理想の片鱗を見せつけて、呪いにかけた。
この呪いはしばらく解けそうにない。